2015年5月15日
動物風景-13 荻野彰久 荻野鐵人
(怖いよ、お父ちゃん、怖いよオ、父ちゃん)と幸子が叫びながら、ぼくの前から後退りして離れていくときの声を、ぼくは向いのスピッツ犬のキャンキャン吠えつづける啼き声に感じた。
ぼくは鎌首をもたげて見ると、痘痕(アバタ)男は既にスピッツ犬の扉の前に来て、錠を開けるところだった。スピッツ犬は頻りに吠える。
「コリーさん助けて、コリーさん助けて!」と、キンキン声で泣く。
「仕方がないよ、ぼくも行くから一緒に行こうよ」とぼくはスピッツの顔を見て吠えた。
スピッツ犬は檻から出された。次はぼくの番だ。痘痕(アバタ)男はぼくの扉の前に向き直った。ドウナツ型に曲げて寝ていたぼくは、起きると、ぶるぶるっと、一度、体の毛についている白い粉の雪をはらい痘痕(アバタ)男が扉を開けるのを待った。
「来たぜ、来たぜ、早く!!スピッツとコリーは早くまたもとの檻のなかに入れておけ」と犬殺しの親方が走ってきて二人に使用人に云った。
「どうしたのですか?親方!」と痘痕(アバタ)男が首を廻わして訊ねると
「馬鹿野郎! 早くしろってば! 保健所が来たのだよ。早く、早く!」親方は云い捨てると、何喰わぬ顔で、家の中へ入っていった。
二人の係官らしい男たちが、どやどやと抑留所へ入って来た。一人は手帳と鉛筆を持っていた。
「そのスピッツ犬とコリー犬は昨日だったから、殺すのは明日だナ、そうだナ」と、黒いキッチリした服の係官が云うと
「はい。そうなのです」と、犬殺しの親方は答えた。
係官も親方も、痘痕(アバタ)男も家の中へ消えていった。禿頭(トクトウ)病の姿はもうずっと前に見えなかった。