2015年8月19日
蜘蛛-(19) 荻野彰久 荻野鐵人
が、どの金魚もどの金魚も虚しく彼の眼の前を通り過ぎて行ってしまう、と彼は以前よりは遥かに疲れては見えるのだったが、しかし以前よりはずっと強く関節を折り曲げた、以前よりは一層緊張に満ちた姿勢となり、もしも自分にほんの僅かでも未だ不真面目さが遺っているのなら、この際完全に追放して仕舞わなければならないと言わんばっかりに一層鋭い緊張――可愛いい赤い口が彼のすぐ傍へ寄ってきたとき毎に飛び上るように彼がして見せるのはまた臨時の緊張であった――に満ちた眼つきでじっとガラスの奥を見詰め続けている。
遊びやムダのない緊張した見詰め続けに彼がますます熱中すれば熱中するほど、夢中になればなるほど、彼は血の通わない冷たい人工的な鉄製のオモチャのような印象を受けるのだったが、恐らくこれは彼に完全に人間味が欠けているという証左(しょうさ)ではないだろう。
金魚を見詰め続け以外のもののために使い得る余分な時間や関心がないのだ!
と撥ね返さんばかりに、時間の経過と共にますます熱狂的に何時までもいつまでも金魚のみを見詰め続けているのだった。