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2016年11月21日

「変わった本たちとの出会い」(9)ファンタジーとノンフィクション 竹下英一

この稿の最終回となりました。今回は印象に残るその他の本たちについてざっと述べてみたいと思います。仕事や生活、趣味に関連して、学術書、経営書、美術芸術書、ガイドブック、実用書など多様な本から知識と感動を得てきましたが、余暇に読んで人生を潤してくれたのは主として文学書でした。

 一般に文学作品はフィクションという形式を採っています。作者が作り出すのは人物とその活動や感情であって、その背景は現在または過去の実際に存在している社会環境であるというものが多いとと思います。これに対して、人物だけでなく背景も作者が緻密に創造する場合は、通常ファンタジーと呼ばれます。ファンタジーには奇抜な冒険物語が多く余暇の読み物に最適なので、私もたくさん読んできました。特に若者向けのファンタジーは英語でも読みやすいものが多いです。

 印象に残るものをあげると、フィクションに近いファンタジーとしては、ウイリアム・ハドソンの「緑の館」、ローズマリー・サトクリフの「第九軍団のわし」などがあります。「緑の館」はオードリー・ヘップバーンの映画で有名ですが、英領ギアナのジャングルで孤独に育った少女とその淡い恋が、迷信深い原住民に追われて滅ぶ悲劇です。「第九軍団のわし」は、ジュリアス・シーザー率いるローマ軍に征服された後のイングランドと征服を免れたスコットランドでの、ローマ軍人と様々な原住民族の間の抗争と融和の動きを背景とした冒険物語です。こちらも近年映画化され私も見ましたが、あまり評判にはなりませんでした。どちらの作品も実際にあった事件を下敷きにしたものと思われ、事実の持つ迫力を感じます。

 未来の宇宙進出を題材にしたファンタジーとしては、ロジャー・ゼラズニーの「伝道の書の薔薇」、ジョン・スコールジーの「老人と宙」シリーズがあげられます。前者は短い中編で、火星人の未知の言語と文化に惹かれる地球人の青年研究者が美しい火星人舞姫と恋に落ち、やがて越えがたい文化障壁にぶつかる悲劇です。作者独特の華やかな文体で読者を魅了します。後者は、奇想天外な設定の宇宙戦争活劇ですが、シリーズの中でも「ゾウイの物語」が傑作だと思います。数奇な生い立ちの少女がたくましく成長し、やがて人類の敵の宇宙人からも一目置かれる存在になるという物語です。

 魔術的な世界での冒険物語もたくさんありますが、優れた作品としてはC・S・ルイスの「ナルニア年代記」、アースラ・ル・グインの「ゲド戦記」シリーズ、J・R・R・トールキンの「指輪物語」、J・K・ローリングの「ハリー・ポッター」シリーズ、それにロジャー・ゼラズニーの「我が名はコンラッド」を挙げていいでしょう。「ナルニア年代記」は、ロンドンに住む兄弟姉妹4人が現実世界と架空のナルニアとを何回も行き来するのですが、最後は思いがけない悲しい結末が用意されています。「ゲド戦記」では第二巻の「こわれた腕輪」が特に優れています。地下の洞窟深くに祀られた邪神の巫女として育てられた少女が恋を通じて成長し、やがて邪神に立ち向かう物語です。「指輪物語」と「ハリー・ポッター」は、綿密に作り上げられた魔術的な世界が圧巻です。特に後者は膨大な量の人物と大道具、小道具がそれぞれ魅力的な名前と細部の描写とで実像化されていて、今のところファンタジー文学中の最高峰と言えましょう。「我が名はコンラッド」は中編ですが私の大好きな小説です。核戦争の結果荒廃し異形の者たちがはびこる地球に、立ち直りに向けての一歩を踏み出させる超人の活躍物語です。

 近年この分野にも日本の作家が本格的に登場してきました。上橋菜穂子氏の「守り人」シリーズなどや、小野不由美氏の「十国記」、「ゴーストハント」などが代表的な作品です。小野氏の作品には東アジア文化に固有なにおいが付きまとっており、将来翻訳されてこれらの地域の共通文化遺産になっていく可能性が感じられます。

 厳密には文学と言えないでしょうが、人物も背景も共に現実のもので、作者はその人物や行動の意義の解釈と解説に独自性を発揮するノン・フィクションのジャンルがあります。代表的なものは司馬遼太郎氏や塩野七生氏の作品のように、歴史のある時期に現れた人物群像を生き生きと描き出すものです(本稿第4回で紹介した「微生物の狩人」もこのジャンルに属します)。

 最近読んだもので時代の状況を鮮やかに描き出すのに成功している作品としては、ジャン・モリスの「パックス・ブリタニカ」、Gavin Weightman の “The Industrial Revolutionaries” や John Gribbin & Michael White “Darwin – A Life in Science” などがあります。いずれもこの分野での手慣れた作家によるものですが、それぞれ、大英帝国の最盛期であったヴィクトリア時代の統治システムの様子、産業革命初期の冒険的な技術者資本家の狂奔ぶり、そして進化論の体系化を成し遂げたチャールス・ダーウィンの苦しみに満ちた生涯を感動的に描き出しています。

 現代科学の理解を楽にしようという目的でノンフィクションの手法を用いて書かれた解説書にも、立派な作品が多数あります。ここではビル・ブライソンの「人類が知っていることすべての短い歴史」 (新潮文庫)と、マット・リドレーの「ゲノムが語る23の物語」(紀伊國屋書店)とをあげておきたいと思います。前者は自然科学上の話題のほとんど全てについて具体的な例を使って分かり易く解説した大著です。後者はヒトを例にして、DNAが生物の姿と行動、時には病気とどのように関わっているかという、最大の関心事であるがまだ完全には解けていない課題を鮮やかに解説しています。

 ノンフィクションの例として示したこれら二つの分野の作品は、歴史や科学の本格的な研究書と隣り合わせの関係にあり、内容は時と共に進歩すべきものであります。しかし、優れた作品は不思議に古びることなく、今でも読む価値を減じていません。そういえばこの稿で取り上げた「変わった本たち」は、少なくとも私にとっては、いつになっても読み返しを誘い、その昔の「出会い」を思い出させるだけでなく、その都度新しい発見をあたえてくれる古典となっているようです。長い間お読みいただき有難うございました。(おわり)



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