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2017年9月1日

スペイン巡礼の旅⑧ エピローグ 影山喜一

ブドウ畑を背景に
ブドウ畑を背景に

  なにはさておき無事ゴールインできてほっとしている。スタート直後、歩行困難に陥った際は、正直なところ途方に暮れた。しかし、振り返ってみれば文字通り窮地に立ったにもかかわらず、先の問題などまったく考えずにひたすら猪突猛進したのは、盲(めくら)蛇に怖じずにほかならないが不思議でもある。少なくとも歩行に関して以後、どのような困難が待ち構えるかを知らないが故の蛮行ともいえる。しかし、自らの脚力に対する信頼が多少はあったのかもしれない。相応の訓練をある程度したとの誇りがその背景にはある。
  レオンからビジャル・デ・マサリフェまで歩いた最初の踏み出しが、前後の巡礼者たちの物腰や周囲の風景と相俟ってかつて味わったことのない満足を与えてくれた。その初めて得た楽しみを開始早々失ってなるものか、という気概が身体の奥底で激しく燃え立っていた。翌朝、腰をサポーターでギリギリ締め上げる措置の効果もあって、かなり辛かったが足の指の肉刺の痛みで済んだのも大きい。1日にこなす距離の短縮で行程計画は実際、著しく狂ってしまった。最低で25kmと予定していたが、20km前後の日がしばらく続いた。
  汚れを拭い取ってただワセリンを塗るしかないのだから、10本の指すべてを痛めた状態の好転などありえなかった。傷が化膿しなかったのは、不幸中の幸いである。もっとも、ひどい傷の痛みは、逆説的であるが奇妙な好効果をもたらす。変わり映えのしない景色で歩行が単調になり過ぎると、だんだん意識が朦朧として足元への気配りも疎かになる。泥濘に足を掬われたり瓦礫や窪みで躓く危険も増える。そのような時に爪先がずきっと痛むとはっと我に返る。なにごとも悪い面ばかりではない。必ず良い面が存在するはずである。両面の冷静な把握によって最終評価を下す大切さが学べたような気がする。
  ほぼ全期間続いた足指の痛みさえなかったら、より楽しく余裕をもって歩けたのは間違いない。次回(があればであるが)は、万全の対策を講じて至福の旅を経験したい。特に立ち寄ろうと期待していた場所が、数えきれないほど訪問断念に陥った。とても残念でならない。宿泊と食事と見学の組み合わせで行程計画は成り立つため、いったん当初予定が狂うや否やなにもかもずれて収拾不能となる。天候の不順や偶発事故や相手側の事情もあり、すべてがこちらの思い通りになるはずもない。ある意味で負け惜しみに聞こえるかもしれないが、それらのドタバタや混乱も翻って、旅の面白さと知ったのも納得である。
  「何故カミーノ・デ・サンティアゴを歩くのか」とポイオ峠で日本の年配巡礼者に訊ねられ、何も答えられないまま私は、テーマを別の方向へ強引に切り換えてしまった。大変失礼な振る舞いをしたと今では深く反省している。あまりに行き当たりばったりの自分を恥じ入って即答できなかったのである。しかし、正直なところ目的なしに飛び出て来た身であってみれば、表面の取り繕いのために嘘を言うよりはましと開き直った。登山家の名言を真似て「そこに路があるから」と述べたいのが本音だが、ほとんど歩き旅の経験もないのにいささかいい加減すぎるかもしれない。
  最近、知らず知らずのうちに私のはまりつつあるのは、トレッキングとタウン・ウォーキングの融合する形態である。空気の澄んだ森林の中を走る一本道でワイルドな雰囲気に浸り、休憩や宿泊の機会として規模の小さな村か街でしばし癒される、しかも身体に少なからぬ負荷をかけ健康面の貢献も確保しうる、といった贅沢極まりないスポーツ色のやや強い営みにほかならない。それに文化・芸術・歴史・国際性などの要素が適宜加われば、暇を持て余す老人にとって付加価値は限りなく高まるであろう。笑われても思い焦れるのだから仕方がない。
  この厳しい条件は、間違いなく完璧なかたちでカミーノ・デ・サンティアゴに当てはまる。肩を並べ得る例が他にあるとは到底思えない。アメリカのロングトレイルは、冒険心を鼓舞する自然環境について高得点を与えられるかもしれないが、文化・芸術・歴史はもとより休憩や宿泊の面では遥かに後れを取る。確かにプロ好みではあろうが、アマチュアには敷居が高過ぎる。逆に、日本の鉄道会社などの企画するウォーキング・プログラムは、高齢者の健康保持を目的とするハイキングの延長線上に位置しワイルド感が少なからず希薄である。
  トレッキングとタウン・ウォーキングの融合具合とバランスに加えて、国際性の面でカミーノ・デ・サンティアゴは非常に珍しい特色を示す。大勢の外国人観光客を受け入れるのは、オリンピックを控えるわが国にとって重要案件である。ただし、観光によって訪問者が地元民と真の友好関係を築けるか否かははっきりしない。一部の業者が潤うだけで他はもっぱら迷惑を被るケースも多い。売り買いを離れた人間レベルのやりとりが欠ける話も度々耳にする。これは、“オモテナシ精神”を力説する類のマナー問題と似て非なるものに思えてならない。
  日本人同士が貧富の差や意見の相違を越えて比較的円満にわかり合えるのは、鎖国で培われた排外傾向プラス歴史認識や文化的同一性が存在するからであろう。高水準の中央集権度合や官尊民卑意識は、元々あった地域の独自性や自立能力を大きく阻害し、メディアの権力同調にも押され討論の機会を減らす。個人だけでなく地域までが、利己の殻に閉じ籠り他と議論しようとしない。国内で相互に創造的コミュニケーションが見られなくなって久しい。日常の中で疑問をぶつけ合わない生活が、外国人との付き合いに四苦八苦する根本原因である。
  相互に落しどころを計り“あうんの呼吸”で納得し合う日本方式は、気持ちと問題関心を交換しながら合意に達する外国人との間で通用しがたい。いくら一生懸命“オモテナシ精神”で頑張ったところで、“あうんの呼吸”の一致を期待しては元の木阿弥である。そのためには各々が自己をきちんと確立し、正しく相手に伝えられなくてはならない。相手が日本人であっても正確な意思疎通を心掛けるべきである。困った際は誰に頼るかでなく、自力で解決を図らねばならない。海外で途方に暮れた際、頼りになるのは、オモテナシを施した他人ではなく自分自身のみである。
  いささか横道に逸れたので軌道修正を施そう。カミーノ・デ・サンティアゴは、キリスト教の世界三大聖地の1つであるから、世界中の信者たちが生涯の大事業として押し寄せる。多くの国から多種多様な職業や暮らしぶりや年代の人びとが登場する。数量のみならずバリエーションにおいても、信じられないほどの細分化が見られて興味深い。もっとも、ここでなににもまして強調したいのは、全世界に広く散在するカミーノ・デ・サンティアゴ友の会をはじめとする団体や個人が支援に駆け付ける、聖地巡礼を自分のための機会や対象と捉えないで、その経験や満足感を広める動きの存在にほかならない。
  今回、レオン‐サンティアゴ・デ・コンポステーラで直接私たちが見聞きした中でも、イギリスやブラジルの友の会の創設や運営になるアルベルゲやオスタルがいくつか存在した。日本の友の会も、本文で触れたようにオスピタレロの派遣などを行っている。また、サモスでカーサ・リセリオをオープンさせたアシュレーさんは、カミーノ・デ・サンテイアゴを実際歩く過程で感動し、同じ喜びを広く大勢に体験してもらおうと立ち上がった。まったく個人としての取り組みである。外国人が客として受け入れられるのではなく、主人の立場でスペイン人を含むすべての巡礼者を支援する。
  通常、国際化というとある国が他の国と付き合う頻度の上昇を指す。そこでは暗黙の裡に迎える側と訪れる側は、固定された位置関係にあると前提されている。オモテナシを与える側と受ける側の役割分業が決められて動かない。ところが、未だ発展途上であるには違いないけれど、両者の位置関係ないし役割分業は入れ替え可能で流動的になりうる。国家の介入によって実際は、領土とか国籍の問題はもちろん存在する。ただ理念型として位置や役割の流動化をモデルとして提示するのは構わないし、国際化の完成された形態を主客の交換可能性とすることもできるのではないか。
  歴史的経緯も看過すべきではないであろう。キリスト教徒は世界中、とりわけヨーロッパ全土に定着する。カミーノ・デ・サンティアゴの地ならしとなる国土回復運動、すなわちイスラム勢力の撃退は、当時のスペインを構成する小国群にとって荷の重い課題であり、他国、なかでもフランスの積極的参戦がどうしても必要であった。したがって、聖地とそこへ繋がる巡礼路は、ヨーロッパ及び世界中のキリスト教徒にとって我らの祖先が血をもって勝ち得た財産であるかもしれない。それが国籍や出自の異なる人々の多様な取り組みとなって現れているともいえる。
  上記のような脈絡で国際性を考えると、国家に支えられた国や国民の相互交流は、あくまで途中の段階に過ぎず、場合によっては真の国際性を阻害する可能性すらある。その意味で真の国際性の基礎となるのは、特定の歴史や文化から自由な個人でなければならない。他と交わる社会性を人間の必須要素と見なすのではなく、元々の人間は社会性に汚染されない自然存在ではなかったのか。つまり、自然な生き方をひたすら便利に成し遂げる進化の過程で、社会性の有用さを使う術に溺れていった。文明の発展する中で人間は脱自然化したのである。
  巡礼の旅を続けるうちに少しづつではあるが、自分の中でほとんど失われた自然を少し取り戻せた。テレビやスマホのない日々が当たり前になった。照明ですらなければないでOKと感じた。他と話を交わさないからといって、別に独りぽっちで気が滅入りはしない。本を読みたいとか音楽が聴ければと思った瞬間はある。バックパック・靴・タイツなどの高機能ぶりに助けられた経験は数えきれない。広い意味で社会の何処かで働く人たちに支えられている点は認める。それを否定しきれるほど私の取り戻した自然は、悔しいけれどパワフルでない。
  しかし、遠く人里離れて薄暗い木々の下をとぼとぼ何時間も歩き続けると、初めは風に揺れる葉音と鳥の鳴き声を楽しむがやがて気味悪くなる。こんなところに強盗が出没するはずもないけれど、熊やイノシシや毒蛇がいるのではないかと警戒する。助けを求めようにも家はおろか人っ子一人見当たらない。怪我をしても治療は不可能である。頭上や足元に知らず知らず注意が向く。自分を守るのは自分しかない。ルソーの名言“自然に帰れ”に励まされつつ、本心の部分ではこれこそ運命と覚悟を決める。確かに厳しいには違いないが、贅肉を殺いだ清々しさも感じる。
  自己責任で貫き通す生き方にエールを送るものの、いざ不安な場面に向き合うと能力の欠落が恨めしい。もっと身体や精神の鍛練を日頃心掛けるべきで、地図や磁石の使い方に加え天候の読みも忘れていた。無能を数え上げればきりがないけれど、生きる力について緊張の中で学習できた。結局、周囲に多種多様な支援態勢が充実すればするほど、それらを当然と見做し人間の潜在能力は衰退する。安心で安全で便利な社会は、もしかすると不幸の源かもしれない。カミーノ・デ・サンティアゴは、自然奪回の好機を与えてくれた。
  最後に、僭越ではあるが1つだけ触れておこう。ちょっぴり自然を取り戻したところで人間のできる力には限りがある。心身ともに強くなったと自信が生まれると、逆に人間ってなんて弱い存在かと思い知る。人力の及ばない超越的パワーに縋らざるを得ない自分が見えてくる。キリスト教や仏教のような理論化された宗教というよりもアミニズムに近いものを求めているのかもしれない。人間だけが幸せになる権利を持つなどと妄想するのはもってのほかである。サティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂もグロテスクに見える。
  どうなることやらと始めたが、そろそろ終了の潮時と感じる。書き足りない点も多々あるが、宿題としてもう少し考えたい。随分偉そうに長々と綴ったけれど、年寄りの繰り言と読み流してほしい。それよりも断る必要のあることがらがいくつかある。先ず全体にわたり“私”と一人称で述べる部分がほとんどである。“私たち”とした場合もあるが正確には“妻と私”と言わねばならない。ただ具体的な表現や評価について責任を明示する立場から“私”とした。事実、スペイン語を使う際は、全面的に妻に頼らざるを得なかった。
  記録を残すつもりが一切なかったこともあり、なにもかも曖昧な追想に従っていい加減の連続である。しかし、義理の妹の桐原まゆみの叱咤激励がここまで持ち堪えさせた。彼女にも感謝しなければならない。また、堀越美知夫さんには懇切丁寧なアドバイスを種々頂いた。あまり心して実行しないため、痛い目に沢山会ってしまった。これに懲りず今後ともご指導をお願いしたい。ゴール直後はもちろん相応の達成感を抱きはしたが、現在は次回の挑戦に燃えているのが正直な心境である。どんな展開になるかが楽しみでならない。



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